うつくしき 自然とつながる暮らし方

腸内環境改善・病気治療ストーリー001 小室雅成

投稿日:2016.10.18th

第1話:発病するまで~栄光と挫折~

大好きな自転車のプロ選手になることを夢見ていた高校生がいました。
それが私、小室雅成です。

Tour de France「ツール・ド・フランス」

 今から27年前。

1989年の4月、高校を卒業したばかりの私は、憧れの自転車ロードレースの本場、フランスへ旅立ちました。

そう、あの有名な世界最大の自転車レース
「ツール・ド・フランス」に出場するためです。

プロ選手になるために、反対する親を説得し、
希望にあふれたフランスへの旅立ちでした。

フランスでは、毎週末レースが開催されており、
そのレースに参戦し、着実に実力をつけていきました。

渡仏して3ヶ月したころには、
本場フランスでのレースで優勝争いできるようにまでなっていました。

そして、8ヶ月経った頃には、なんと!5回も優勝を果たし、入賞も15回以上!思ってもいなかった成果をあげることが出来きたのです。

 

プロへの道・実業団レース優勝

翌、1990年は、活動の場を日本国内に戻し、
日本のトップクラスの選手が集う実業団の登録レースへのデビューしました。

実業団登録レースというのは、いわゆる企業チームの選手たちが参加する場で、オリンピックや世界選手権に派遣されるようなトップ選手が走る舞台です。

本場フランスで華々しい優勝を遂げたけれど、それはジュニアクラスの話。

果たして国内のトップクラスでどれくらい通用するか?
というテストの場でもありました。

その実業団大会での成績は、東日本実業団ではソウルオリンピックの代表を抑え、なんと優勝!全日本実業団では2位!!そして、出たレースはほぼトップ10入り!

を果たし、国内のトップ選手として認められ、
スター街道を駆け登っていきました。

そして、その輝かしい1990年の成績が評価され!
誰もが知る大企業のスポンサーも得るまでになっていました。

19歳の時です。

2年後にはバルセロナオリンピックが控え、夢が叶いつつある、人生バラ色の絶好調でした。

そして、1991年には再び、本場フランスへ遠征の計画を立てました。

 

栄光からの挫折

国内では常に優勝争いを演じ、
フランスのレースで勝ちまくって向こうでプロになってやろう!!
と、ありあまる若さと、高いモチベーションで、激しいトレーニングを難なくこなし、夢が近づきつつあることを実感する日々。

しかし、、

遠征直前からだんだん体調がおかしくなっている自分に気づいたのです。

練習でも明らかに走れなくなり、
まっ、ちょっとした疲労かな?
くらいに軽く考え、夢の計画通り、フランス遠征に旅立ちます。

しかし、フランスへ行ってからも体は回復せず、
トレーニングへ出かけてもすぐに疲れて足が動かなくなり、
レースは、リタイアが続くようになったのです。

なぜだ?

その疑問が募りだしました。
3月にフランス入りして、6月までに30レース近くを走ったものの、何と完走できたのはたったの1レース。

あとは全部リタイアという燦々たる結果となりました。

とても悔しく、去年の好調との差に愕然とし、言葉も十分には話せなかったためチームメイトにもその状況を理解してもらえず、監督からも参加するレースのレベルを落とすように言われました。

「違うオレは弱いんじゃなくて、体がおかしいんだ!!練習もサボってるんじゃなくてやりたくても出来ないんだ!!」

体調が悪くて走れなくなり、それだけでもストレスなのに追い打ちをかけるように、だんだんチーム内での居場所もなくなり、本当につらい毎日でした。

あまりにも体調がおかしかいので、トレーニングを休み、パリの病院まで行って、血液検査や尿検査を受けるものの、結果は問題なしでした。

「あなたは健康です!」

と、診断されるのです。

しかし、それでも私は、たいへんな不調を感じ、その後も回復する感じが無かったので、当初11月までの遠征計画を早めに切りあげて、悶々とした思いで苦肉の判断をし、6月に帰国したのでした。

監督にそのことを伝えに行った際、悔しさのあまり自然と涙があふれ出て、
家に帰ってから、大声で嗚咽したのを今でもよく覚えています。

 

病名のわからない不安な日々

帰国した後も体調は戻らず、朝起きた瞬間から物凄いだるさと疲労感が襲い、
何もする気が起こらず、ちょっとしたことでも筋肉痛が出てしまって、トレーニングどころか日常生活すらもままならない状況が続きました。

症状から肝臓の病気などが疑われたため、もう一度病院へ行って検査をしましたが、やはり一般的な血液検査や尿検査では異常なしという診断。

精神科へ行くように勧められ、不安が募るいっぽうでした。
原因が分からぬまま、症状も回復せずに、過ぎゆく不安な日々。

体は動かなくとも、心は選手でいた私は、
たまたま立ち寄った本屋さんで見つけたトレーニング関連の雑誌の中に、

「オーバートレーニング特集」

というのが掲載されていたのを見つけたのです。

 

病名:オーバートレーニング症候群

そこに書いてあった症状と自分の症状が酷似していたのです。
すぐさま、そこに掲載されていた病院を予約しました。

そして運命の診断

「オーバートレーニング症候群」

という病名が下されたました。

それまでの経緯や、症状を先生に話すと、オーバートレーニングの中でもかなり重症な部類に入り、3年たっても回復しないケースも稀にある。

しかし、
3カ月程度で回復することもある
という言葉に救いを見ることができました。

しかし、この病気は、具体的な治療方法はなく、
薬などは処方されませんでした。

治療方法が無い、原因も分からない・・・

それでも権威あるドクターから
「重症オーバートレーニング症候群」という診断書をいただけたことで、
私を応援して支えてくださっている、スポンサー様に、
走れない原因を提出することができました。 

病名がついたことで、孤独で不安だった心が、少しだけホッとしたのでした。

ただ、その時は、自分の症状が
それから何年も治らず、
自転車を辞める運命になることなど、全く知る由はなかったのです。

3ヶ月か、長くても半年くらいで治るだろうと、軽く考え、頭の中は、ふたたびレースでの優勝を思い描いていました。

 

第2話:戦いと模索の日々 へ続く

編集:暮らしの発酵de腸美人 編集部 あかざえり

 

TODAY'S MOON

穏やかに やさしく 過ごせますように

2017年8月17日(木)
月齢/有明月

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